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インド その2 ムスリムとカシミール
ハンピからホスペットに行って列車でニューデリーに向かいました。列車はハイダラバードで乗り継ぎありの寝台車です。午前中にニューデリーに着くとメインバザールを歩きました。ツーリスト向けの安宿が立ち並びお店もいっぱいあって歩いているだけでも退屈しません。人も溢れていて活気に満ちています。もちろん色々な勧誘も頻繁です。今まで南インドの田舎町で遊んでいただけに、この人ごみと熱気は都会を感じそして改めてインドを感じました。
旅も残すところ2週間となり、とりあえずエアインディアへ行ってリコンファームでもすることにしました。
エアインディアはコンノートプレイスにあるはずなので歩いて行って見ることにしました。エアインディアを探して歩いていたらガイドブックに出ているところは空き家になっていてなくなっていました。
町をふらふら歩いて探していたらインド人に声をかけられてエアインディアに連れて行ってくれると言ったので頼むことにしました。まぁなんか騙しているかもしれないなーなんても思いましたが。着いてみたら、旅行代理店だったのですが、エアインディアでないけどリコンファームしてくれるので気にせず任せました。
そこの親方と話をしていたら自分の奥さんは日本人だから電話に出て話してみなと言うのでお話しました。これも信用させる手口と思っていましたが久しぶりに日本語が話せると会話が楽で結局、今晩家に泊めてもらうことになりました。
その親方はカシミール地方のシュリーナガル出身で、山や自然がキレイだからシュリーナガルに行かないかと勧めてきました。それとシュリーナガルでは自分のお父さんが宿を経営しているからということと、ムスリムのクリスマスが12月17〜19日にあるから楽しいよという理由から自分にシュリーナガルに行かないかと言ってきました。本当はマナリに行こうと思っていたのですが、これも運命だなと思い行くことに決めました。
とりあえずその日はニューデリーにある家に招待され、その家族と友達と一緒に食事をしました。もちろん食事(ムスリムの家庭料理カリーなど)は日本人の奥様が用意してくれてとてもおいしかったです。
翌日、国内線でシュリーナガルに飛びました。テロの警戒から今まで受けたことのないくらいのボディーチェックと手荷物のチェックを受けました。シュリーナガルについてからのチェックも厳しかったです。忘れていましたが、ここカシミールは危険エリアに指定されていることを空港での対応、検問、軍人などが目に入ることで実感しました。
空港をでるとそこには自分の泊まることになっている宿のおじさんが迎えに来てくれていました。宿はダル湖のハウスボートでファミリーが待っているとのことでミニバンに乗り宿に向かいました。車の窓からのシュリーナガルの光景は、全く南インドやデリーと違いムスリムだらけです。北インドで冬のシーズンということもありますが、寂しそうな雰囲気がどことなく漂っている感じがしました。
宿に着くとファミリーが出迎えてくれました。主人、奥様、子供2人、お手伝いの5人家族です。フレンドリーな家族だったのですぐに仲良くなりました。お客が一人だったこともありますが、自分の部屋は寝るだけで朝から晩まで家族と一緒に食事をしたり遊んだりしていました。
このシーズンのカシミールは観光はオフシーズンでツーリストは全然いません、主人も今カシミールにいるツーリストは5人もいないのではないかと言っていました。そんなことを聞くと自分はなんでここにいるんだって感じでしたけどね。
2〜3日ゆっくりした後にトレッキングに行くことにしました。このシーズンは雪があるはずなのでたいした装備も持ってこなかったから大丈夫かな?と思っていたのですが宿の主人は大丈夫だと言うので、ドライバーと行き先の宿等の手配をお願いしました。
自分と一緒にお手伝いの男(通称:マナ)も行くことになりました。シュリーナガルからトレッキングのベースの村まで約100Kmの道のりです。途中に何回か検問もありパスポートの提示も要求されたりと不安ありのドライブです。検問は軍人がいて窓から銃口が向いて、やはり危険エリアに指定されているだけあるなーなんても思いましたが、気になったのは初めだけで、徐々に気にならなくなりました。どんどん山に近づくと徐々に雪が見えてくるようになりました。しばらくすると目的の村に着きました。車が入れるのはここまでです。車を止めるとすぐに若い兄ちゃん2人がやってきました。
自分が泊まるところの兄ちゃん達でした。荷物を運んでくれて宿まで案内されました。宿と言っていますが実際見てみると本当におんぼろの山小屋みたいなところで2階に部屋があるだけです。部屋には裸電球が一つあるのですが、まだこの土地は電気の供給が安定していないため頻繁に停電があり、ランタンも予備で使われています。ご飯はお手伝いのマナが作ってくれます。マナの料理は最高です。
翌日、トレッキングへ出かけました。トレッキングというより遠足ですけどね。どうも今年は例年より雪が多いらしくあまり上までは登れないとのことだったので行ける所まで行くことにしました。メンバーは自分と兄ちゃん達2人とポニー(馬)です。普通の道が終わってから雪の中を約1時間半ほど歩きました。でも全然登りはなく平らな道です。天気が今ひとつで曇っていて山に囲まれているんだなー程度しかわからなかったんですが、帰りの道中に青空が出始めました。村を見下ろしながらのインドヒマラヤの山が遠くに覗いています。
この村に着いてから何も景色らしい景色が見えなかっただけに、7、8000m峰が見えるわけではないですけどこの素朴な村と山が美しかったです。感動しました。
帰りの道中も楽しみました。子供たちがソリ遊びをしているのです。お願いして乗せてもらいました。だらだらな長い距離を滑るんですが、だんだん加速して、そしてジャンプポイントがあったりして以外にスリルもあって楽しかったですね。
また次の日も軽いトレッキングをしました。もうこの日でシュリーナガルに戻る予定だったので午前中で切り上げました。この村は3日間しか滞在しなかったのですが、この素朴な村の雰囲気と人が良かったです。(子供は特にかわいい)
シュリーナガルに戻ると今度はムスリムのクリスマスが近づいてきました。このカシミールに来る理由は、このクリスマスを体験してみたく来たのです。何をするかと思えば、みんなで花火を買ってきて花火をするのです。特に爆竹系の音がうるさいものがみんな大好きでした。自分もお金を出してくれと頼まれて共同で花火をいっぱい買いました。
あとこのクリスマスのタイミングでラマダン(断食)が終わるのです。最終日の夕方にラマダンが終わった瞬間、町中で平べったい丸いパンが配られていました。
夜はファミリーみんな集まっての夕食です。特別すごい料理が出るわけでもないですが近くの親戚、兄弟のファミリーがみんな集まっているのでにぎやかです。この時ばかりはビールでも出るかと思いましたが、やはり宗教的に禁酒なので出ませんでした。もう1週間以上ご無沙汰です。
翌日、モスクでクリスマスを祝うムスリムの偉い人の話を聞きに連れて行かれました。もちろん外国人は自分一人であとはムスリムの男達およそ1000人以上集まっていたと思われます。まぁクリスマスを祝う話だと思うのですごく緊張した雰囲気ではないのですが、なにせこんな宗教的な集まりに出たことがないので自分の中ではすごい経験でした。もちろん言葉はヒンディー語なのでさっぱり解りません。しかし神に祈る時は真似して一緒に参加しました。この行事が終わると正式にラマダンが終わりらしく、終わったあとはタバコ屋には行列ができみんな吸っています。この行事が終わったあとタバコを1本吸うのが儀式だと言っていました。
儀式が終わると家に戻り子供たちと遊ぶことになっています。また花火です。クリスマスは毎日飽きずに花火で遊びます。夜はレンタルビデオ屋さんで、なんとDVDを借りてきて見てました。自分もDVDなんて持っていなかったからビックリです。ここではプレイヤーも貸してくれるのでセットで借りました。もちろん映画はインド映画で単純なストーリーなので言葉が解らなくても面白かったです。
このインドでもクリスマスプレゼント交換がありました。自分も子供たちにプレゼントしたのですが、家族から自分も頂きました。頂いたものはポンチョ(みんなが着ているコートみたいな服)です。ここカシミールではクリスマスが新年みたいなもので、このタイミングでみんなポンチョを新調するそうです。
このポンチョが良くできているのです。基本的にカシミール(ムスリム)の家では暖房は冬でも入れません。その代わり一人に一つずつ小さいカゴに炭を入れてポンチョの中に入れて温まるのです。外出するときも腕ごとポンチョの中に入れてカゴを持ち歩きます。家ではみんな体育座りみたいな格好でカゴを抱えて過ごしています。
こんなのんびりしていた生活で毎日を過ごしていました。ところがまたここでまた体調を崩してしまいました。それは何故かというと食生活です。朝起きて朝食、10時におやつにチャイ、ランチ、3時におやつにチャイ、5時におやつにチャイ、7時に夕食。
こんな感じでとにかくもてなされます。初めはちょっと食べ過ぎたかなぐらいで平気だったのですが、寒いのであまり外にもでず運動不足がちでお腹が減らないうちに食べさせられているうちに、初めは美味しく食べていた料理(カリーなど)も喉を通らなくなり、食欲がなくなりました。その内、下痢になり食べ物もフルーツ以外食べれなくなりました。この辺から下痢も始まりどんどんやつれていきました。
あまりにも具合が悪くなってきたので医者に連れて行ってもらいました。先生に症状を話し薬をもらい帰りました。この薬が効くのです。飲んだら次の昼ぐらいには下痢も止まり良くなってきました。しかし食欲はなく、ここにきて初めて日本食もしくは中華みたいなものが欲しいなーと思うようになりました。
体調がなんとか戻ってきたところでデリーに戻ることに決めました。帰りの空港に入るまでも検問が厳しく改めてこのエリアの状況を感じこの地を後にしました。デリーに着くと早速、チャイニーズレストラン探しです。しかし目当てにしていた店は閉まっており、結局なんでも屋食堂でいんちきチャイニーズフーズを食べました。(あまりおいしくなかった)
翌日に日本へ帰る予定にしていたので、最後の夜を楽しもうと思って飲みに行くことにしました。考えてみればカシミールではお酒を飲むことができなかったので約2週間ぶりの酒になるのです。)宿はメインバザールにとっていたのでこの辺りで店を探すことにしました。しかしメインバザールは以外にBARみたいなところは少なく店は選べませんでした。
ビールが飲めればどこでも良かったので入口に「BEER」と出ている店に入りました。入ってみると以外に高そうな感じのところで久しぶりの雰囲気に少し緊張しました。とりあえずビールを注文して飲んでみました。2週間も飲んでなかったので、久しぶりのビールのうまさに感動です。あれだけ食欲が落ちていたのですがビールを飲んだら復活!おつまみにポテトフライなんかも注文しました。一人で飲んでいるとポーランド人のバックパッカー3人組が自分の席の隣にきて飲み始めました。その内の一人と話が盛り上がり、旅のルートの情報交換などしながら飲んでいました。
久しぶりのビールに酔っ払ってきたところで宿に帰りました。この旅も今日の夜で終わりと思うと寂しくなり寝れませんでした。最後の夜になるとあっという間の旅だったな・・・。
翌日、メインバザールでおみやげを買い帰り支度です。飛行機の時間もあったのでオールドデリーのラールキラー(レッドフォート)に行ってみました。こんなデカイ城を昔作ったなんてインド人すげなーと思いました。
時間も迫ってきたのでリキシャで空港に向かいました。リキシャからのデリーの町を眺めながら・・・。またインドに来るぞと思いました。
旅のルート
ハンピ → ハイダラバード → デリー → シュリーナガル(カシミール) → デリー → 日本
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