西脇の放浪日記

 

トルコ (癒しのシャンルウルファ)


 
 あっという間に、このトルコの旅の記録を書かず約2年半が過ぎてしまいました。それでも一日一日が印象的な旅だったので記憶がよみがえってくる。
 トルコに決める前は、モロッコと迷っていた。しかし、アジアとヨーロッパが交わるイスタンブールやノアの箱船で有名なアララット山を見たくてトルコに決めた。しかし実際は都会より田舎が好きなこともありイスタンブールには入国と出国のためにしか滞在しなかった。更にアララット山も緊迫状態であったイランのボーダーライン近くだったことから面倒になるのも嫌だったので諦めた。だからまたしても、トルコ入りしてから行き当たりばったりの旅になったのです。
 それでもアナトリア地方最高峰エルジェス山(3916m)は見ようとイスタンブールからカイセリに向かいエルジェス山を見に行き、この後は、出会ったトルコ人に「あの町はいいところだ。きれいな町だ。」なんて聞いた情報を信じて行き当たりばったりの旅になりました。

 今回の旅の感動は、まずカイセリからマラテヤのバスからの風景!何もない乾いた土地を真っ直ぐ走るバス。マラテヤから峠とユーフラテス川を横切りシャンルウルファへ向かう風景!この峠越えはギュウギュウ詰めのミニバスでの移動の中で全く予想をしていなかった山の美しさに感動しました。そしてハランの遺跡で遊んだ子供たちとシャンルウルファのゲストハウスのファミリーとの出会い!

 
 入国したときと出国する前日にお世話になったゲストハウス。ブルーモスクから歩いて10〜15分ぐらいの場所にあり便利でした。一泊USドルで20ドルのところ、出国する前日も泊まることで、2泊分で30ドルにしてもらいました。スタッフも親切でこれといった特徴はないですがまずまずのゲストハウス。
 
 イスタンブールの象徴「ブルーモスク」。ここで一人のトルコ人の学生に会い、色々ブルーモスクについて教えてもらいました。この後、従兄弟の絨毯屋に連れて行かれ(罠か?)チャイをご馳走になった。ここで今現在のトルコという国の内情・物価など旅に役立つ情報をゲット!
 
 カイセリで泊まったホテル。イスタンブールから飛行機で移動しました。カイセリに着いたら夜だったのでカイセリ城の近くのホテルにチェックイン。はっきり言って綺麗なホテルではなかったけど、安かったので決めました。たぶん1000円ぐらいだったはず。夕飯を食堂ですませてからライトアップされたカイセリ城を見ていると、眉毛がつながっているおじさんに声をかけられました。どうしても家に遊びに来てくれと頼むので、ファミリーが待っている家に行くことなりました。ヨーロッパの文化が入っているからなのか、とてもお洒落できれいな部屋でした。ちなみにカイセリはトルコでも良質な絨毯が手に入る街と聞きました。
 
 エルジェス山に行くためにチャーターしたタクシーと運転手のおじさん。全く英語も通じなかったので、必殺!指差し会話帳でなんとかコミュニケーションがとれました。ワン・ツー・スリーも通じなかったので、ほとんど笑顔だけの会話でした。
 
 エルジェス山の山頂方面をバックに記念撮影。夏だったら登るところだったけど今回は諦めました。しかし、きれいではあったけどスキー場も開発されていてあまり感動はしなかった。このスキー場はトルコの金持ちしか来ないそうです。
 
 マラテヤの町。イスタンブールで会った絨毯屋の兄ちゃんから、自分のおじいさんが住んでいた町でいい所だからと言って勧められた町。カイセリから長距離バスで6時間かかったけど、バスからの景色が印象的だった。たまに停まる休憩所で、一緒に乗っていたおじいちゃんからチャイをご馳走になってうれしかった。言葉も通じないがとても親切でありがたかった。
 夜中に到着したため、全く現在位置がつかめず不安になったが一緒に降りたトルコ人に声をかけ、同じホテルを紹介してもらった。交渉して20ドルを15ドルに負けてもらいこのホテルに決めた。たぶん今まで泊まった海外のホテルで一番きれいだったと思う。
 
 シャンルウルファ城からの眺め。この町に着く前にマラテヤからミニバスに乗り峠を越えて移動してきた。ギュウギュウ詰めのバスであったが乗っていたトルコ人たちがみんな親切で楽しかった。途中の山の景色は桃源郷のような美しい山道で口が開きっぱなしだった。アドゥヤマンという町でバスは乗りかえだったが、乗りかえるときもみんな親切で驚いた。またタコスのような筒状の肉詰めの食べ物も何故かご馳走になった。
 なんなんだこの親切はと思うほどいい人たちだった。このバスには助手席に乗せてもらいご馳走してくれたトルコ人の人としゃべりながらのドライブとなった。そしてシャンルウルファの町に着いた。
 
 夕暮れのシャンルウルファ城。この町に着いたときに早速客引きのおじさんに声をかけられた。「うちのパンション(ゲストハウス)に来ないか?」と言われ、初め疑ったがそんなに悪そうな人ではなさそうだったので部屋を見せてもらうことにした。
行ってみたら、自分の家の部屋をゲスト用にしているだけの1部屋だけだった。アットホームな感じがしたのでここに決めた。3食つい1000円ぐらい。安い!
 
 近所の子供達。とにかくトルコの子供はかわいい!日本の子供、どこの国の子供もかわいいが、今まで行った国の中で一番かわいいと思った。(変な趣味はありませんよ)これがなんであんな悪そうな風貌の大人になるか疑問でもあった。こんな感じでこの部屋は自分が借りて泊まっているはずだけど、次から次へと友達や子供が遊びに来るから一人の時間は寝るときだけぐらいだった。みんな暖かい。一番仲良くしていたのが、このゲストハウスの3男坊で、この町に来て2日目にサッカーの試合があるから行こうと誘われ試合に出場した。高校から社会人の役10年間サッカー部だったので、久しぶりの試合を楽しんだ。下は10歳から17歳ぐらいまでの混合チームでプレーした。フリーキックを含め5ゴールぐらい決め、こんなところでヒーローになった。
 
 ゲストハウスの夕飯。どんな料理?ジャガイモとナスの間に挽肉が挟まっていて、トマトと一緒に調理されていた。薄くて大きいチャパティみたいな小麦粉の主食を挟んで食べる料理。これが日本でもありそうな惣菜の味がした。懐かしいような味でうまかった。
 
 チャパティみたいな小麦粉の主食を焼いている小屋。近所の親戚のお母さんたちが集まって1週間分をみんなで焼いていると言っていた。起用に薄く広く丸く伸ばして作っている。特別に自分のために、砂糖入りのものを焼いてくれた。クレープみたいな感じで美味しかった。もちろん焼きたて!
 
 ハランの遺跡。ここはシリアのボーダーラインまで後5kmのところの町。ここだけが突然美しい草原とポツンと遺跡が残っていた。動物も放し飼いにされ現代から取り残されているような静かなところだった。
 
 ハランの遺跡。ゲストハウスのおじさんから連れてきてもらって色々歴史的な話を聞いたりした。
 とにかくトルコはトロイの遺跡など昔の歴史的な壮絶な時代があるから、たぶん勉強してくればもっとよく理解できたのだろうと思った。しかし自分は以外に遺跡にはインドへ行ったときに興味がないことにきずいたので、景色が素晴らしいだけでもうれしかった。
 
 ハランの子供達。無邪気に自分には理解できない遊びでみんな遊んでいた。遊んでいる子供達を見ながら、トルコの美しさに浸っていた気がする。この後も違う子供達とサッカーしたりとハランの町で子供達と遊んでいた。ここから後5km行けばシリアという国があると思うと、またワクワクしてきた。バスの旅は面白い!
 シャンルウルファは居心地がいいのでこの街には長くいれそうな気がした。しかし、帰国することは決まっているので、ギリギリまでこの街に3日間滞在することにした。シャンルウルファ城の上の丘からの眺めは街を一望できとてもきれいで落ち着く場所だった。こんな場所があると何もしなくても一日ぼーっとしていられるお気に入りの条件だ。食べ物も人も市場も活気があり楽しい街だった。
 
 イスタンブールのガラタ橋。シャンルウルファからバスで約18時間かけ、イスタンブールに戻ってきた。明日帰国予定だったので、のんびりお土産でも買いながら一日街をぶらぶらすることにした。ガラタ橋を渡っているとトルコ人は魚釣りを楽しんでいた。どうやらサビキでアジが釣れているみたいだった。ただ単にトルコ人の生活を見ているだけでも楽しい。橋を渡りきってまた戻って来ると今度はエジプシャンバザールヘ行ってみた。庶民市場で野菜から肉、スパイスなど生活に必要なものが売っていた、ここでスパイスを買い込んだ。この後メインバザールにも行ってみた。ここは完全に観光客目当ての大バザールで、広すぎて迷うと同じ場所に帰ってくるのにもホント苦労するところだった。
 
 トルコを旅をして思ったことは、バスでどこでも行けるということだ。とにかくバス会社が多いから競争でチケットが安い!そして長距離バスは、日本の観光バスより乗り心地がよくサービスもいい!ホントに旅がしやすい国だと思った。トルコ人の親切さにも助けられた。何杯チャイをご馳走になったことか。またいつか行けることがあれば今度は黒海側の街に行ってみたい。
 

旅のルート

イスタンブール → カイセリ → マラテヤ → シャンルウルファ → ハラン →
シャンルウルファ → イスタンブール
 
 

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